MESSAGE

何事も本気で取り組む
柳学園の雰囲気の中で育まれた継続力が私の強み

藤井 誠士郎さん

医療法人P.V.E.C

理事長

2005年、蒼開中学校・高等学校の前身である柳学園中学校・高等学校を卒業。兵庫医科大学卒業後、神戸大学医学部眼科学教室、多根記念眼科病院などで手術経験を積み、2021年に開業。現在は自身が開設した二つのクリニックを中心に眼科手術を精力的にこなしながら、すべての眼科医のスキルアップを目的としたコミュニティサイト『全国眼科医局.com』を運営する。

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目指すは、日本の眼科医療の底上げ

眼科医として、クリニックでの診療、高齢者施設などでの往診に従事しています。得意分野は手術。医療法人P.V.E.Cの二つのクリニックや淡路島で眼科医をしている父のクリニックを行き来し、日帰り白内障手術、網膜硝子体手術、涙道内視鏡手術など多数の手術を行っています。

目標は、日本の眼科医療を底上げすること。その第一歩として数年前に眼科医のコミュニティサイトを立ち上げました。現在は約800人が登録しており、情報交換や勉強会を行っています。日本には白内障手術が数年待ちの地域もあり、眼科医療が充実しているとは言えないのが実情。まずは、サイトのネットワークを活かして手術ができる眼科医を増やしていきたいという思いがあります。2027年には和歌山に三つ目のクリニックを開設予定。最終的には僻地を含む様々な地域に、眼科手術ができる環境を整えていきたいと考えています。

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中高時代は硬式テニスに熱中

中高時代は硬式テニス一色。中学の時、全国大会に3年連続出場したことが印象に残っています。定期テスト前には部活動が休みになるので、普段の部活動の時間帯は友だちと思い切り遊んで、夕方からは勉強を頑張る学生生活でした。柳学園には何事も一生懸命取り組むという雰囲気があって、勉強も、行事も、部活動も本気。そのことをかっこ悪いと笑う人はいません。やるべきことはやるという姿勢が自然と身につきました。

眼科医の父の影響もあって医学部を志望。受験勉強を本格的に始めたのは高3の夏です。夏休みはみっちり勉強したことを覚えています。評定平均4.0以上という条件をクリアしていたため兵庫医科大学医学科の推薦入試に出願。受験直前にも関わらず国語の先生に苦手な小論文の特訓をしていただいて臨み、無事合格することができました。

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今に息づく、中高で磨いた継続力

柳学園で過ごした6年間で、物事を継続する力が磨かれたと感じています。特に自分で決めたことを続けることが得意で、医師国家試験対策は9時から17時まで絶対に勉強をやると決め、実践しました。今は週2回・各1時間、必ず朝にパーソナルジムに行って汗を流し、その後にクリニックで手術をするというルーティンを12年以上続けています。

そしてもう一つ、たくさんの仲間と出会うことができたことも大きいです。多様な個性が集まっていたことで、自分のぶれない軸を持つことができました。学年全体だけでなく上下の学年のつながりも強く、受験勉強では皆で頑張り、教え合う雰囲気に包まれていました。

学校生活、部活動、そして仲間とのつながり。そのすべてが、今の自分の礎になっています。

卒業して20年以上が経った今、振り返ってみて改めて感じるのは、蒼開で得たものは、知識や学力だけではなかったということです。仲間と過ごし、挑戦し、ともに成長した時間は、その後の人生を支えてくれる大きな財産になっています。

人と出会い、人と学び、自分らしい軸をつくることができる場所。それこそが、蒼開の最大の魅力だと思います。

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一人ひとりの個性を大切にする
柳学園の精神を受け継ぎ
実践する弁護士でありたい

小森 祐輔さん

明石さざんか法律事務所

弁護士・社会福祉士

2003年、蒼開中学校・高等学校の前身である柳学園中学校・高等学校を卒業。大阪市立大学(現 大阪公立大学)法学部、九州大学法科大学院を経て、2012年12月に弁護士登録。複数の事務所で経験を積み、2016年4月、明石さざんか法律事務所を開設した。2026年4月には、成年後見業務等に携わる中で必要性を感じた社会福祉士の資格を取得。

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弁護士にしかできない地域貢献を追求

この道に進むきっかけとなったのは、法曹への漠然とした興味です。高2の頃から法学部を志望するようになりました。弁護士として携わってきた案件は、一般民事事件から刑事事件まで多岐にわたります。中でも近年、携わる機会が増えてきているのが、成年後見をはじめとする高齢者や障害のある方に関わる法律問題や支援。当事者との信頼関係構築や、当事者の目線に立った支援のベースとなる知見を広げたいと考え、社会福祉士の資格を取得しました。

自分のやったことが依頼者の喜びにつながった時には、やりがいを感じます。これからも一人ひとりに丁寧に向き合い、困りごとの解決を通じて、地域貢献できればと思っています。

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高校時代の経験が司法試験突破の礎に

高校時代は陸上部に所属しており、長距離種目に打ち込んだことが心に残っています。コツコツ走ることを通して、継続することの大切さを学びました。今もつながりがある陸上部の仲間と出会えたことも大きいです。私が進路を実現できたのは、「自分も一緒に頑張ろう」と思わせてくれる仲間がいたからこそ。高校時代のこうした経験が、司法試験を乗り切る原動力となり、弁護士として学び続ける姿勢につながっていると感じます。

大人になって柳学園の先生方にお会いし、改めて感じるのは、一人ひとりの生徒をよく見てくださっていたということです。卒業後、先生方が当時の私の様子を、自分でも忘れていることまで話してくださり、「そんなところまで見てくれていたんだ」と気づかされました。自分から積極的に思いを話すタイプではなかった私も、先生方が普段の様子や個性を理解し、学校全体で見守ってくださっていました。そうした温かさが、今の私の人との関わり方に繋がっていると感じます。

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弁護士としての核は、柳学園での日々

弁護士に相談に来られる方の背景や事情は様々です。法律的な答えを出すだけでなく、その人が何に困り、何を大切にしているのかを考え、その人に合った関わり方をすることを大切にしています。

人を支えたり教えたりする立場になり、改めて柳学園で受けた教育のありがたさを感じます。先生方が私にしてくださったように、目の前の人をよく見て、その人の良いところを大切にする。そうした人との接し方は、柳学園で過ごした6年間の中で培われたものだと思っています。

入学されたら、先生方との出会いや友だちとの関係を大切にしてください。少人数ならではの濃密な関係の中で、生きていく上での基盤となる価値観を身につけてほしいと思います。

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事業展開を担う今の自分の基礎地は、柳学園で過ごした6年間につくられた

井口 徹也さん

株式会社ディー・エヌ・エー

ゲームサービス事業本部 本部長

蒼開中学校・高等学校の前身である柳学園中学校・高等学校を卒業後、2009年4月、京都大学法学部に進学。2013年4月、株式会社ディー・エヌ・エーに入社。
以来、ゲーム事業のプランナー、プロデューサー、子会社の代表取締役などを歴任し、2022年より現職。ゲーム事業全体を統括しながら、自身が開発・運営に携わったアプリゲームのプロデューサーも兼務する。

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ゲームをグローバルに展開するという大きなチャレンジを楽しむ日々

大学3年生の夏までは、弁護士か官僚を目指そうと考えていました。興味すらなかったビジネスの世界に身を置くきっかけとなったのは、DeNAのサマーインターンです。初めてその面白さに触れ、入社を決めました。もともとゲームはしないほうだったのですが、ゲーム事業に配属され、2年目にはゲームの開発・運営を担うプロデューサーに。その後、スマートフォン用ゲームアプリ『ポケモンマスターズ』、スマートフォン向けのポケモンカードアプリ『Pokémon Trading Card Game Pocket(ポケポケ)』の開発・運営などにも携わりました。

現在は、グローバルに展開するゲームの開発を進めているところです。どのような開発スタイルをとるのか、どのようなジャンルに絞るのかといった戦略を練るところに、この仕事の面白さがあると感じています。

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高校で身についた勉強習慣と先生の個別指導を力に、京都大学へ

中学時代は、部活動や読書を楽しみながら、宿題やテスト勉強など目の前のことに真面目に取り組んでいました。受験勉強は硬式テニス部を引退した高2の夏からスタート。大学受験に関する知識がなく、塾にも行っていなかった私が京都大学を目指すうえで支えとなったのが、先生方の個別指導です。勉強だけにとどまらず、模試の結果に一喜一憂することなく受験勉強を乗り切るメンタリティも教えていただきました。また普段から、物理の先生が課題とは別に自主学習プリントを用意してくださったり、英語の先生が「こなした参考書の冊数を競う企画」を用意してくださったりと、意欲さえあれば自分のペースでどんどん積み重ねていける環境を用意してくださっていたことも大きかったです。受験勉強を始める頃には、自分で計画を立てて実践する“癖”がついていました。柳学園で基礎学力はもちろん、自ら学ぶ姿勢も確立できていたので、大学でも学業で苦労することはなく、スムーズに単位を取得することができました。

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柳学園だからこそ得られた、社会で活きる強み

柳学園の最大の魅力は、少人数制と伸び伸びと過ごせる環境にあると感じます。1学年60名という、いわば閉ざされた環境のもとで身についた“誰とでも仲良くなるスキル”は、約700名の部下をはじめ、さまざまな人と人間関係を構築するうえで役立っています。また、ゲーム事業のトップとして主体的に考え行動できる今の自分があるのは、中高時代、伸びやかに考える基礎地が形成されていたからこそ。まさに「自ら人生を切り拓きたい」という人に、ぴったりの学校だと思います。入学したら、生徒一人ひとりに光があたる恵まれた環境を最大限に活かして、自分らしさや強みを磨いてください。

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柳学園で培った継続して
努力する姿勢が、
新製品を世に送り出す原動力。

山口 亮さん

ネスレ日本株式会社

生産本部 製造サービス部 コンフェクショナリー課

蒼開中学校・高等学校の前身である柳学園中学校・高等学校を卒業後、2004年4月、九州大学農学部に進学。生物資源科学を専攻し、2010年3月、大学院修士課程を修了。ネスレ日本株式会社に入社後は、工場の工程改善から新ラインの立ち上げ、新製品の開発まで幅広い業務を経験。現在は霞ケ浦工場にて、主に「キットカット」の新製品開発・リニューアルを担当。

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手掛けた製品を「おいしい」と言っていただけることが最大の喜び

ネスレを志望するきっかけになったのは、大学の卒業研究です。生ゴミなどを有効活用し、環境にやさしい生分解性プラスチックの原料を作る研究を通して、食品とモノづくりへの興味が芽生えました。数ある食品メーカーの中でも、外資系ならではの常に世界を感じながら仕事ができる環境に惹かれて入社。さまざまな部署・業務を経験しました。

現在は主に、『キットカット』の新製品開発に従事しています。担当した製品の一つが、2024年に発売した「キットカット ブルーベリーチーズケーキ味 富士山パック」。海外にあるネスレの研究所が開発した技術を応用した、ネスレ日本では初となる「キットカット」で富士山の象徴的な青と白を表現した、グラデーションカラーが特徴の製品です。完成までは、毎日のように海外の担当者とミーティングをしたり、試作→試食→改良を重ねたりと試行錯誤の連続でした。だからこそ、スーパーなどで購入してくださっている姿を見た瞬間や、「おいしい」というお言葉をいただいたときには、本当にうれしいです。

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進路実現できたのは、仲間の存在と先生方のサポートがあったからこそ

柳学園を選んだのは、「大学進学を目指しながら、部活も一生懸命やりたい」と考えていた私にぴったりの環境だと感じたからです。入学後は硬式テニス部に所属し、中学時代は練習に明け暮れていましたね。未経験からのスタートながら、中2・中3に全国大会出場も果たしました。受験を意識し始めたのは高1の後半です。放課後は下校時間ギリギリまで、友だちと一緒に教室で勉強していました。1月の大学入試センター試験(現 大学入学共通テスト)終了後も毎日登校し、皆と二次試験対策に取り組んだことを覚えています。


進路実現の支えとなった一つは、こうした「皆で頑張ろう」という雰囲気。そしてもう一つは、先生方の存在です。進路の明確化から志望校の決定、苦手教科の克服、志望校に対応した教材の準備、その添削に至るまで、きめ細かくサポートしていただきました。

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部活動や受験勉強を通じて努力し続けることの大切さを実感

柳学園は私にとって“第2の家”のような居心地のよい場所でした。だから部活動や勉強にも全力で打ち込めましたし、その日々を通して、継続して努力する力や諦めない姿勢を身につけることができました。業務に関する知識や英語の勉強を続けている今の自分があるのは、中高時代に「努力すれば目標達成できる」という実感を得られたからこそだと感じています。

これから蒼開で学ぶ皆さんにも、いろいろなことにチャレンジしてほしいと思います。一歩踏み出すことで得られる経験の一つひとつが、きっと、あなたの人生の糧になるはずです。